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スタッフコラムStaff Column

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  1. 2025/08/22スタッフコラム

    〇まPの裏庭  みんなに会いたい

    年に1度配布のある大学の「校友会報」が届いた。第21代総長の就任の挨拶文の下に歴代の総長一覧が載っていた。開校して何年になるのかわかっちゃないが、開校当時のトップの役職名は「主幹」。そして「校長」「総理」「学長」となって今の「総長」となったようだ。その中で知ってる名前は2人だけ。僕らが在籍していた当時の中村哲(今流行りの「卒業証書」は彼の名入りだ)とその前の「総長代行」の「小田切秀雄」だ。小田切教授は僕らが「文学概論」を教わった方だ。そしてホリガネ先生が彼のゼミに入ってた。。。そっかぁ、今頃ホリガネ先生、どうしてるかなぁ。もう6年も会ってないな。。。と思っていた矢先・・・

    ホリガネ先生から2枚のハガキが届く。僕宛てと配偶者宛て。同じ日の同じ時間に書いたものだ。もう1人の親友のフクシマ君と上野で飲んでる、とある。かつ同級生のハヤシ君と一緒だ、と。フクシマ君は一部上場企業の地区マネジャーとして活躍して昨年退職。ハヤシ君は東京都の中学教師としてこの春に退職したそうだ。3人で文学論を交わしながら飲んでるんだ、と書かれていた。フクシマ、ハヤシ両君の文字も踊る。是非一緒に飲みたいものだ、とある。。。頭の中は1980年にタイムスリップ。。。自分がやりたいためにホリガネ先生がクラスの「男子」の多くに麻雀を教え、広めた。学校近くの雀荘は学生1時間50円。講義の合間を縫って勤しんだ(と、いうよりメンツ集めに学校に赴き、4人揃ったら即、下校という日々・・・)。フクシマ君の名言。「大学時代は就職までの隠居期間。社会人になるまでの執行猶予」。正にその通りだった。職場の僕の部屋には1982年の早春に撮った仲間の集合写真が1枚。ホリガネ先生がA4判に引き伸ばして送ってくれたもの。大学の正門前でバカ8人が22歳の姿のままに残っている。仕事に行き詰まりを感じたり、落ち込んだ時このグッズは有効だ。「こんないい加減な若造たちがそれぞれ社会人としての人生を全うして活躍してるんだね」と思うと「こんなもん軽ぅくクリアさ⤴」という思いが強く起きてくるから不思議だ。

    2019年、コロナが世を席巻する前年、仁政会が保有する田沢湖高原の保養所で二人の親友とその家族と会ってから丸6年。その間、研修参加にて上京したことはあるが、プライベートではこの7月に横浜へ行った1度きり。その際も彼らに連絡して会うという時間も取れなかった。。。2才下の友人が言う。「オトコの健康寿命は72歳。もう残された時間はわずかだ。自分は気の合った仲間たちとゴルフしたり大相撲観戦したりを計画している。時間は作るもの。残りの人生、楽しまなきゃ」。

    全くだ。近いうちに上京してミニクラス会を開催したい!イシイちゃんにもヤーサンのイドにも会いたい!そうだ。コーガクブだったO君も誘って、神楽坂の雀荘を借り切って大マージャン大会やりたいなぁ・・・