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スタッフコラムStaff Column

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  1. 2024/04/18スタッフコラム

    〇まPの裏庭  東京生活の思い出

    前の回に東京のサクラについて触れていた。サクラと同時に学生時代の記憶が蘇った。高校3年になった辺りに、とても理解のある父親(放任、ともいう)が言った。「母さんから聞いたが、東京に行きたいんだってな。どこでも行きたい学部に行け。但し、浪人は許さん。」自分でも自覚していた。継続して受験勉強ができるタイプじゃないことを。浪人したら、現役時代より悲惨な成績になることは想像に易かった。で、フツーは父親から「東京行き」の許可が下りたのだからヤル気満々になって一念発起する筈。が、相変わらずダラ~っとした生活。小説を読んだり映画を観たり。夜は家族団らん。10時くらいからやっと部屋に入って深夜放送を聴く。オールナイトニッポンやセイヤングなんかは毎夜の常連。。。あ、受験時期のハナシなんかじゃなく東京での生活を書きたかったんだ・・・

    で、1978年4月。無事に武道館での入学式(確か新入生が7千人以上だった!)を終え、オリエンテーションのために学校に戻り、指定された教室に入る。文学部日本文学科3クラスが一堂に会す。第2外国語の選択によって決まったクラスだ。僕はドイツ語、1クラス。あとの2クラスはフランス語。そっちの方が女の子が断然多いし可愛い・・・などと思いながら周囲を見渡していると隣の席の男の子が声を掛けてきた。「君、出身はどこ?」田舎者のサガ、小さな声で「秋田です」。「良かった。僕は福島。同じ東北だね」。見るからに社交的な彼は自分の前の席の男の子にも話しかける。「君は?」「島根。松江です」。

    間もなく、事務職員が入ってきて必須、選択授業の説明。1年次には毎週火曜1日かけて神奈川の武蔵小杉に赴いて体育と保健の授業があることなども知った。大学の付属高校の体育館とグラウンドを使用するためにわざわざ1日かけるんだと。。。流石、東京。23区内に併設グラウンドなんか持てるわけがない。しかし、カッタるい。体育なんて・・・なぞと考えているうちにオリエンテーション終了~

    隣の彼とその前の彼とで自己紹介。これが今も付き合いのある「ホリガネ先生」「フクシマ君」。出席番号の縁。この2人のおかげでとても楽しい4年間と卒業後の人生を過ごせている。学校には講義そっちのけでマージャンのメンツ(相手)を探しに行くようなものだった。因みに当時の雀荘は学生1時間50円。いい時代ですね。確か銭湯は170円とかだった。今はなき「マイルドセブン」は140円。当たり前に親の仕送りでタバコ喫ってマージャンやってた。。。

    そしてこれに加え、高校時代の同級生O君を交え大騒ぎの4年間を過ごした。O君は同じ大学だが学部が違うため中央線の「武蔵小金井」にキャンパスがあったが何故か殆ど一緒にいた。週4日くらい僕の部屋に泊まってた気がする。まぁ、同じ中野区に部屋を借りていた関係もあるから、かも。

    次回は僕が4年間住んだ中野区沼袋のお話をしようかな。4月はなんだか心がリセットされるような気がする。新しい年度を新たな心で前向きに過ごしたい。少しだけ「昔はよかった」と後ろを振り返りながら。